思い出話

彼を初めて“見かけた”ときの光景は、今でも鮮明に覚えている。

大学の教室だった。

同じゼミに所属していた彼は、けれども一時的に違うキャンパスにいて、ゼミに所属して半年経ったそのときまで会ったことがなかった。

彼にとってはひさしぶりに戻ってきたキャンパスのその教室で、私は初めて彼を“見かけた”。

単純に、かっこいい人だな、と思った。

恋に恋していた当時の私はあらぬ妄想を掻き立てられながら、私のようなイモ女じゃ到底釣り合わないな、とその影を拭い去った。

 

それから1年は経ったころだったと思う。

ゼミの飲み会に向かう道すがら、偶然彼と2人きりになったときがあった。

私は緊張した。私にとって、初めて彼とちゃんと話すチャンスだった。思いも寄らぬ楽しい時間になるかもしれないと、どこかで期待した。

しかし、思いのほか社交性を持ち合わせていなかった彼と、緊張で人見知りが加速した私の間には、1,2往復で途切れる噛み合わない会話が数回、繰り広げられただけだった。

“相性”ってこういうことかと、思い知った瞬間だった。

 

この2つのときは、なぜか今でもときどき、鮮明に思い出すことがある。

そうして思い出のなかの彼を遠くから眺めながら、しみじみ思うのだ。

あぁ、私は、あのひとと、結婚したんだなあ、と。

 

すっかりおじさんになって、かつての姿は見る影もなくデブんと膨らんだ彼のおなかは、それはそれはとても、やわらかくて気持ちがいい。

 

もし童話の主人公が夫だったら

〜金の斧、銀の斧編〜

ある時、夫は森で木を切っていた。

しかし数時間後、疲れてきた夫は手を滑らせて斧を泉に落としてしまった。

「あっ」

夫は泉を見つめ、しばし考えた。

「人間が作業をしている以上、斧を落とすリスクへの対応策が勘案されていて当然だな」

そして身を翻した。

「会社に報告して、対応策が用意されていないようであればその必要性を進言しよう」

 

するとその時、泉にブクブクと泡が発生しはじめた。

最初は水が湧き出てきているのだと思って気に留めなかった夫だが、そのブクブクが瞬く間に大きくなってきたので無視できなくなった。

「え、なになになになに!? ちょ、ま、やめて、やめて、まじで、ま、や、ちょ!!!」

夫は、斧を落とした瞬間と比較すると、2万倍ほど取り乱した。

夫はこういうのが苦手だ。おばけとか、そういうの。

泉から人間の女性っぽい造形が現れて、夫は腰を抜かした。

泉の精だった。

泉の精は手に金の斧を持っていた。

「あなたが落としたのはこの金の斧ですか?」

 

「いや、違いますけど」

混乱しすぎて逆に冷静になってしまった夫は、普通に答えた。

 

「では、こちらの銀の斧ですか?」

泉の精は新たに銀の斧を手にしてさらに尋ねてくる。

その光景を見た瞬間、夫の知性が火を吹いた。

「なるほど」

夫は言った。

「つまりこれは、私の智慧を試す、宗教的な問いかけですね?」

泉の精はキョトンとした。

 

「山川草木悉有仏性。多くの木々を切ってきた斧にもまた仏性が宿っているというのは納得のいく話です」

泉の精はポカンとした。

 

「あなたが言っているのは、私の斧に内在する仏性が、金色に輝いて見えるか、銀色に輝いて見えるか、という問いだと思うのですが」

「え、ちょ、いや、そうじゃなくて」

泉の精は焦った。

 

「その金と銀という違いがなんのメタファーか、というところがまだよくわからなくて」

泉の精はもうついていけなかった。

「あ、もういいので、これ両方持っていって」

色々面倒くさくなった泉の精は、金の斧も銀の斧も夫に渡そうとしたが、もはや夫の耳に入っていなかった。

「もっと本を読んで勉強しないと。次に読む本は何がいいんだろう・・・」

ぶつぶつ言いながら夫は去っていった。

 

数日後、夫が金の斧と銀の斧を差し出されたという噂を聞いた他の木こりが、同じように泉に行ってわざと斧を落としたという話があるらしいが、夫には興味がなかった。

 

めでたしめでたし。

TED風プレゼンをやってみた話

ちょうど1年くらい前、友人たちとのお気楽な集まりでお気楽なプレゼンテーションをする機会があった。

その時私は、憧れていたTED風プレゼンテーションにチャレンジした。

大きなスクリーンの前にスピーカーが立ち、身振り手振りを交えながら聴衆、じゃなくて、オーディエンスに語りかけていくTED風プレゼン。オーディエンスからの質問の時間はない。双方向のコミュニケーションではない、いわゆる“劇場型プレゼンテーション”である。

これがカッコいい。そりゃもう、やってみたい。どんなにくだらない内容でも、これならカッコいいことを言っているように聞こえる気がする。

ということでチャレンジしてみたのである。

 

その経験で学んだ(?)TED風プレゼン初心者の心得みたいなものをここに書きたいと思う。

 

まず初めてTED風プレゼンをやる場合は、TED風口調の『完全台本』を用意することをオススメする。

(偏見だったらごめんなさいだが)私のように日本的なプレゼンの世界で生きてきた多くの人にとって、身振り手振りを交えたTED風トークをアドリブでやるのはそう簡単ではない気がするので、台本に従ってスピーカー役を演じるというのが一番確実だ。劇場型プレゼンは途中で質問が挟まることもないのでそれが可能である。

台本ができたら、まずはとにかくそれを完璧に覚える。プレゼンの最中にメモなど見ようものならTED感はDEADなので、ここはなんとしてもスラスラ唱えられるくらい全暗記する。そして、カッコいいスピーカーになりきって、身振り手振り、さらには視線を操りながらしゃべる。当然だが、ここで役に“なりきる”ことに照れてはいけない。スティーヴ・ジョブズ(とか自分の好きなTEDスピーカー)のプレゼンのイメージを頭に思い描きながらしゃべるとよいだろう。完璧を求めるならば、繰り返し練習することが必須である。

 

つたないが、私がやったプレゼンの内容(台本)は↓こんな感じだ。

以下、スライドの下にプレゼンテーションの『台本』を青字で記載する。

 

【No.1】

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『天才』

みなさんはこの言葉についてどう考えますか?

特別な才能を持って生まれた人、そんなイメージでしょうか?

 

かの偉大な発明家トーマス・エジソンはこんな言葉を残しています。

「天才とは、1%のひらめきと99%の努力である」

 

天才というと、ともすれば「努力しなくてもデキる才能を持っている人」と受け止められがちですが、エジソンの言うように、世の“天才”と呼ばれる人々のほとんどが、その裏で想像を絶するほどの努力をしているのが実際でしょう。むしろ努力を続けられることそのものが、“才能”であると言っても過言ではないかもしれません。

 

しかし、この世の中でたった一つだけ、努力を必要としない、いや、むしろ努力をしたら台無しになってしまう“才能”というものがあります。

なんだと思いますか?

 

というわけで、まず導入である。私はこの“導入”がかなり大切だと思っている。ここでグッと聴衆、じゃなくてオーディエンスを引き込まなければならない。「お、こいつなんかカッコいいこと話し出しそうだな」と思わせなければならない。

私が考えるいくつかの大切なポイントを挙げると、↓こんな感じである。

 

①スライドはシンプルイズベスト

単語ひとつとか、1枚の画像のみとか、情報量は少なくインパクトは大きい、そんなスライドがよいと思う。TED風プレゼンは“話術”で魅せるプレゼンであることを忘れてはいけない。

 

②話し方のスピードに緩急/言葉に強弱をつける

上記の台本(青字)で改行を入れたところは、間をとるところ。空行はさらにたっぷりめの間をとるところ。逆に改行なしの文章の塊は、一気に勢いにのって話す部分である。

また文字では表現が難しいが、強調したい言葉はゆっくり大きめに、前のめりな身振りをつけたりしながら話す。

この話し方のスピードの緩急/言葉の強弱が、オーディエンスを飽きさせない要素となるし、これがあるのとないのとでは滲み出る“TED感”が全く違う。

このしゃべりの緩急/強弱についても、台本を書く時点、もしくは練習の時点できちんと決めて、モノにしておく方がよいと思う。

 

③問いかける

とにかくオーディエンスに問いかける。オーディエンスが少し頭をつかう時間を取るのも、飽きさせない策の1つになると思う。

大丈夫。TED風プレゼンなら、予期せぬ答えが返ってきて対応しなきゃいけない、ということもない。

 

④倒置法とか偉人の名言とか小賢しい手を使う。

これで、賢そうに見せる。

大丈夫。TED風プレゼンなら、それも嫌味じゃない。

 

⑤つかむ

オーディエンスの興味をグッと引く導入で心をつかめるなら、小話もムダではない。本題へに導く効果的な“つかみ”は、工夫のしどころだと思う。

 

と、いうわけで、プレゼンの続きを下記に羅列する。

 

【No.2】

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それはこれです。

ニート」でい続ける才能です。

 

「なんだ、そんなことに才能なんていらないじゃないか」と思ったあなた。

それは大きな認識の誤りです。

おそらく私の予想だと、ここにいる皆さんの8割以上の方は、長期間ニートでいつづけることは難しいでしょう。それは、経済的な意味ではなく、素質・才能的な意味で、です。

長期間ニートでいつづけるためには、それくらい、希少な才能が必要なのです。

 

その才能の有無は、大きく3つの質問で、おおまかに測ることができます。それではこれから、みなさんのニートの才能を測ってみたいと思います。

これから私が問いかける3つの質問にすべて「Yes」と答えられる方は、ニートでいつづける才能を持っている可能性が非常に高いです。

逆に1つでも「No」がある方は、残念ながら才能に恵まれていないかもしれません。

それでは早速はじめます。

 

ここで一気に話はくだらなくなるが、この意外性にむしろオーディエンスは釘付けである(と思い込む)。

ここではプレゼンテーションや文章の技法としてよく語られる「数を先にいう」を使った。「3つの質問で測ります」というやつだ。この道標を先に示しておくことで、オーディエンスが聞きやすくなる。

さらに、「あなたのニートの才能を測る」という体にして、こちらから情報を提示するというよりはオーディエンス参加型感を醸し出している。実際はこちらからの情報の提示なのだが、こういう立て付けにすることで、オーディエンスがより楽しめるような気がする。

 

【No.3】

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まず1問目。

「あなたは仕事がきらいですか?」

 

非常にシンプルな質問です。

 

ここで、私の姉のエピソードを共有したいと思います。

少し前に姉が急病で入院した際、「今は仕事のことを忘れてゆっくり休んで」と家族が声をかけると、姉はこんな風に答えました。

「私にとっては社会に貢献しないでただ寝ているという状況の方がストレスだから、病院で仕事をさせてくれ」と。

 

みなさん、お気づきかと思いますが、私の姉はニートの才能が皆無です。

 

人は誰しも少なからず、向上心や承認欲求、また、社会に貢献したい・人の役に立ちたい、という欲求を持っているものです。

しかし、それに勝るほどの、怠けたいという揺るぎない強い思い、何もしたくないという確固たる意志をあなたは持ち合わせているでしょうか?

それを持っていないのなら、残念ながらあなたのニート生活は1ヶ月以上は持ちません。

 

もしかしたらここにいる皆さんの半数以上はここで脱落したかもしれませんね。

 

【No.4】

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さて、2問目です。

「あなたは、家にこもって無限に時間をすごせますか?」

 

皆さんご想像の通り、ニートには有り余る時間があります。

しかし、それ以上に忘れてはいけない大切なことは、収入がないということです。

つまり、よっぽど特殊な額の貯蓄や不労所得がない限り、お金を使わずに有り余る時間を過ごすことができる素質が必須です。

 

旅行や買い物、おしゃれなカフェ巡りに優雅なアフタヌーンティー。そんな時間を過ごせればいくらでもニートでいられる。

そう思っていたあなた。残念ながら、預金残高が光の速さであなたを再就職に誘うでしょう。

 

最低限必要な家賃・光熱費・食費、そしてインターネット料金と、NHK受信料。これらのみで長期間、楽しい時間を過ごせることが望ましいと言えます。

暇でつらいな〜と思った瞬間、あなたのニート生活は破綻を迎えるのです。

 

もしかしたらここでも何人かの方が脱落したかもしれませんね。

 

【No.5】

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それでは最後の質問です。

「あなたは、大物ですか?」

もしくは、「あなたは、将来大物になりますか?」

 

この質問は少しわかりにくいかもしれませんね。

 

当然ですが、ニートは働いていません。

つまり、自分の周囲の友人たちや、一般的な同世代の人々とは異なる状況にあるということです。

この事実は、気まずい場面を多々引き起こします。

 

おしゃべりな美容師さんに「お仕事何されてるんですか?」と聞かれます。

平日近所の人に会えば「今日はお休みですか?」と尋ねられます。

多忙な友人たちからうらやましそうに「好きなことできる時間があっていいなあ」と言われても、特に何もやっていません。

 

しかし、こういった一つ一つの出来事を必要以上に気にして、自分自身を責め始めてしまうと、それは精神衛生の崩壊につながります。

健康で楽しく持続可能なニート生活には、

「自分、大物すぎて組織とか向かないんだよね」であったり

「今は、ビッグになるためのただの充電期間なんで」

という、大いなる勘違いが必要です。

 

たとえば、こんな事例を見たことがあります。

とある有名な大物文化人が、「深呼吸は大切だ」とコラムに書いていました。

それを読んだある人物は言いました。

「私もこの文化人と同じようにいつも深呼吸している。きっと私は大物になる」と。

すばらしいです。

この、全く根拠が無い、明るい展望。

これにより、あなたはどんなに気まずい質問にも自信を持って答えられるようになります。「今は働いてません」と。

「“今は”働いていない」という意識が「永遠に働かずにいられる」という精神構造を創りあげるのです。

 

さて、3つの質問、いかがでしたか?

すべて当てはまる方はいらっしゃいましたか?

 

もしかしたらここにいる多くの方が、自分にはニートの才能がないということを悟ってしまったかもしれません。

しかし、悲観することはありません。

 

残念ながらニートの才能を持ち合わせないみなさんに、希望に満ちたメッセージをお伝えして、本プレゼンテーションを締めさせていただきます。

 

【No.6】

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安心してください。

 

【No.7】

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それでいいんですよ。

 

以上がプレゼンテーションの全てである。

(注:とにかく明るい安村さんが流行した年だった)

 

見ていただいて分かる通り、スライドの内容に対して喋っている量が多い。このプレゼン、スライドの準備は5分ほどで終わる。時間をかけるのはそこではなく、台本の作成と、しゃべり(抑揚や緩急・動きの付け方)の練習の方になる。

繰り返しになるが、話術で魅せるプレゼンなのだ。

 

やってみた感想は、緊張したけど、楽しかった。

大学・企業とプレゼンの場数を踏むうちに、「プレゼン=スライドの準備」みたいになっていたが、そんな考えが逆転した感じがした。

 

TED風プレゼン、機会があったらぜひ。

天才の条件

明確な根拠はないのだが、超絶優秀な人って、幼いころは周囲と異なる特徴的な子供だった傾向がある気がしている。

子供のころ学校の勉強についていけなかったトーマス・エジソンや、そこそこ大きくなってもおねしょをしていた坂本龍馬の逸話は有名だが、つい最近、私の身近にいる天才肌の人から、このエジソン坂本龍馬を足したような子供時代を送っていたという話を聞き、私の中で「天才は子供の頃変わってた説」が急速に流行りはじめた。

お前それ、n=3 (事例=3つ)で言ってんのかよ、と突っ込む人にはこう答えたい。

ええ、そうです。

 

私という人間は卑しいので、こういった仮説を信じ始めたらまず、自分の中の“天才”の可能性を探りたくなる。このうだつのあがらない人生、もはや藁にもすがる思いである。

冷静に考えれば、30過ぎてまだ水面に影すら見えてこない天才ポテンシャルなど、潜在にもほどがあるってものだが。

 

とにもかくにも、知人(天才)の子供時代の話を聞いた私はとっさに記憶を探った。自分の子供時代にも、人と違うところはなかったか、と。

すると、たったひとつだけ思い当たることがあった。

童謡「森のくまさん」の歌詞の解釈だ。

 

森のくまさんの2番の歌詞『くまさんの言うことにゃ お嬢さんお逃げなさい』

皆さんはこの部分をどのように解釈しているだろうか?

『くまさんは、“お嬢さんお逃げなさい”と言いました(意訳)』と理解しているだろうか?

どうやらそれが普通らしい。だからこの歌は、「逃げろと言ったくまさんが、後に追いかけてくる矛盾」について時に議論になるらしい。そりゃたしかに、コナンでなくても妙である。

 

しかし私は、4歳くらいで初めてこの歌を歌ってから30歳を過ぎるまでずっと、全く異なる解釈をしていた。

『くまさんの言うことにゃ お嬢さんお逃げなさい』というのは、くまさんでもお嬢さんでもない第三者の男性が突如登場して放った言葉で、「お嬢さん、(危険だから)くまさんの言うことからは逃げなさい」と、お嬢さんにアドバイスしていると思っていたのだ。

お嬢さんはこの一瞬だけ登場する男のアドバイスを受けて、くまさんの言うことを信じちゃならんと逃げる。しかしくまさんは実は落とし物を拾ってくれた良いくまさんだった。

という、『泣いた赤鬼』ばりの、くまと人間のせつないすれ違いストーリーだと思っていたのだ。

 

30年弱の間、この解釈を一度も疑ったことはなかった。

しかしある日、誰かと誰かが、前述した「くまさんの態度矛盾説」について議論しているのを聞いて初めて、自分の解釈がマイノリティ(というか私だけ)であることを知った。

 

これまで、私の解釈に賛同してくれた者はひとりも居ない。

大抵「くまさんの言うことにゃ」という日本語がなぜ「くまさんの言うことからは」という意訳になり得るのか、と問い詰められる。

そんなこと問われても、「にゃ」には無限の可能性が秘められているとしか答えようがないし、私はどちらかというと「にゃ」の可能性を信じる側の人間だったとしか言えない。

 

私は「にゃ」に無限の想像を巡らせる、周囲の誰とも異なる子どもだった。

きっと、天才に違いない

 

 

 

 

ハローワークにもワーク風がある

企業にはそれぞれ社風というものがある。

同様に、ハローワークにも“ワーク風”があるということを実感したことがある方はそう多くはないだろう。

 

私はこれまでのとっちらかった人生の中で、2つの自治体のハローワークに通ったことがある。

初めて行ったときのことは、このブログの最初のエントリーにも書いた通りである。この時のハローワークを仮にハローワークAとしよう。

 

t01545mh.hatenablog.com

 

その数年後私は、異なる自治体のハローワークBに行くことになるのだが、その時にはハローワークAの経験があったので多少憂鬱さを感じていた。職員さんに自分のとっちらかった人生を説明しなければならず、その結果「変な人だ」という視線を受けることを覚悟をする必要があった。

ところがどっこい、行ってみてびっくり、それは杞憂に終わった。

ハローワークBでは、必要書類を提出して、不備がなければ、最低限必要な手続きはおしまい。

ハローワークAで必須だった就職相談が、ハローワークBでは手続きの必要条件になっていなかったのだ。(もちろん、希望者は相談窓口に行けば相談できる)

こういった公的機関には標準化された対応手順があり、みな丸っきり同じようにそれに従っているものだと思い込んでいたので驚いた。それぞれがそれぞれなりに、再雇用の手助けの仕方を工夫しているのだ。(と思われる)

ハローワークBでは、雇用保険の講習が印象的だった。この講習も、もちろん大まかな内容の規定はあるのだろうが、後半はハローワークBで独自に作ったスライドでプレゼンしているように見えた。

心に残ったのは早期再就職のメリットを3つ挙げていたところで、1点目は経済面、2点目はブランクが空けば空くほど再就職しにくくなるという点、そして3点目は生活のリズムが崩れませんよ、ということだった。

この3点目に愛を感じずにはいられない。生活のリズムのことまで心配してくれるなんて。家族なのですか。

 

さらに目についたのは、申請書類の“記入例”だ。通常“記入例”の氏名欄には「山田太郎」的な名前が書かれることが多いが、ハローワークBで書かれていた名前は、『明日勇気(あした ゆうき)』。

なんてこった。明日勇気さんとの数年越しの思わぬ再会である。

逆にココは、自治体跨いで共通なのか。

 

 でもやっぱり、記入例さえもがこちらを必死で元気づけようとしているこの感じは、軽い絶望を生むなと思いました。

 

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ハローワーク非公認ゆるキャラハローワークくんもよろしくお願いします。

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くしゃみが父親に似ている

遺伝とは時に、親子の間に思いも寄らぬ類似点をもたらす。

私の場合、くしゃみがその一例だ。父親に激似である。

外でくしゃみをするときは、肉眼では捉えられない程度に私の中に存在している希少なぶりっこ力を総動員して、「っくしゅん」といった感じにかわいらしく(←※自称)抑えているが、そのタガが外れた家の中では

「ゔえ〜〜〜っっくしょいっっ!」

っとなる。完全に親父のそれである。というか自分の父親のくしゃみの生き写しである。

実家でくしゃみをすると兄弟に「お父さんかと思った」と言われるのだから折り紙つきだ。これぞ“そんなとこ似なくていいのに”の境地。そんなとこ似なくていいのにセレクション金賞。

 

私のあらゆる愚行に物腰柔らかく対応してくれる奇特な優しさの夫でさえ、このオッサン過ぎるくしゃみには苦言を呈する。さすがにそれは・・・とちょっと引かれる。

そうは言ってもゔぇ〜〜〜っっくしょいっっ!家の中くらいゔぇ〜〜〜っっくしょいっっ!思い切りゔぇ〜〜〜っっくしょいっっ!くしゃみしたいゔぇ〜〜〜っっくしょいっっ!

失礼、アレルギーが出てしまった。

要するに一首にまとめるとするならば、

そのくしゃみ ダメねとキミが言ったけど 7月6日もゔぇ〜〜〜っっくしょいっっ!

 

しかし実は、そんな私のくしゃみは恥だが役に立つ。

Siriを起動させることができるからだ。

どこをどう切り取れば「Hey, Siri」に聞こえるかは不明だが、とにかくくしゃみをすればSiriが起ち上がる。

窮地に追い込まれた時、敵に悟られずにSiriを通して外部と連絡を取ることが可能ということだ。

さらに言えば、先日こんなこともあった。

夫がSiriに「アラームをセットして」と話しかけると「何時にセットしますか?」とSiriが聞き返す。そんなやり取りを私は隣で聞いていた。

夫が「8時」と答えた瞬間、私は放った。「ゔぇ〜〜〜っっくしょいっっ!」

するとどうだろう。

Siriの画面には「8時hey」と表示され、Appleの技術を結集した高度な計算が繰り広げられたと思われる数秒の間の後、Siriは言った。

「8時半にアラームをセットしました」

 

敵に悟られずに時限を30分引き伸ばすことに成功したのだ。

 

お父さん、貴重な素質をありがとう。

 

ちなみに、上唇をまるめて前歯を出したビーバーのような表情をよくする、という極めて些細で意味不明な癖も父親譲りなのだが、コチラの方はまだ活用法を見いだせていない。

もし昔話のおじいさんおばあさんが私たち夫婦だったら2

〜鶴の恩返し編〜

ある冬の夜、突然我が家のインターフォンが鳴った。インターフォンの受話器を取ると、映し出された画面の向こう側には若い女の子が立っていた。

パーマのかかったふんわりセミロングに、大きな瞳、そして特徴的な泣きぼくろ。それはまるで二次元アイドルがそのまま現実に飛び出てきたような姿だった。

「北区に帰宅、できなくなりました」

女の子が発した思わぬ第一声に、え、ダジャレ?と私が面食らっていると、彼女はさらにこちらを驚かせる言葉を繋いだ。

「泊めてください」

道に迷ったのか交通手段をなくしたのかわからないが、マンションの一室をインターフォンで呼び出して「泊めてください」とは・・・なんとも意味不明な大胆さである。

私はすぐさま夫に相談した。

「なんか知らない女の子が泊めて欲しいって言ってるんだけど」

「いやダメに決まってるでしょ。そんな怪しいの」

夫が即答する。そりゃそうだよねと少し笑った後、私がインターフォンに向かって断りの言葉を発しようとしたその瞬間、そばに寄って来た夫がすかさず受話器を奪い取り、画面を真っ直ぐ見て言った。

「あ、はい、いいですよ」

夫が玄関の解錠ボタンを押す。

「え、ええええええぇぇ????」

状況を飲み込めない私が奇声に近い驚きの声をあげると、夫は平然と言う。

「顔見てみたら、問題ありそうな感じじゃなかったから。帰れないならかわいそうじゃん」

なるほど、容姿を見て心変わりしたらしい。そうだ、そういえばこの人はこんな感じの二次元アイドルが好きだった。

 

実際、彼女はときどきダジャレを言うくらいで、それ以外は全くこちらに気を遣わせないいい娘だった。しかしなぜか、翌朝になっても帰ろうとしなかった。

「北区に帰宅、しないの?」と尋ねると

「北区に行きたく、なくなりました」とさらにダジャレを重ねてくるものだから、こちらもそれ以上何も問うことができなかった。

 

再び夜が来て、私と夫が夕飯の献立に悩んでいると、彼女がおもむろに立ち上がった。

「決してこの扉を開けないでください」

彼女はそういうと、寝室に入って扉を閉める。

え、そこに入れないと私たち寝られないんですけど・・・と戸惑っていると、ものの2秒ほどで彼女は部屋から出てきた。その手には、分厚い資料を持っていた。

「これを使ってください」

と彼女から手渡されていた資料を見ると、そこには、近所のスーパーの特売品と冷蔵庫の残り物を合わせて作れるレシピの数々、さらには残った野菜の保存方法まで、今の私たちに必要な情報がきめ細やかにわかりやすくまとめられていた。

「たった2秒でこれだけの情報を!?」

驚く夫と私を、彼女はただニコニコと嬉しそうに笑って見ているのだった。

それからというもの、私たちが困った様子を見せる度に、彼女は数秒寝室にこもり、課題を解決するための情報をまとめて提供してくれるようになった。それはいつも非常に有益で、私たちの生活はどんどんと便利になっていった。

 

「ねぇ、寝室にこもって何をしているのか気にならない?」

数日後、好奇心を抑えられなくなった私は夫にそう尋ねた。

「本人が見ないでくれっていってるんだから、ダメだよ」

夫はこういうところは律儀で真面目だ。見習わねばなるまい。

 

しかしそんな夫の制止も虚しく、次に彼女が寝室にこもった時、私はついに持ち前のオバサン力で禁忌をやぶってしまった。

「ちょっとだけ・・・。どうせ数秒で終わるんだし、そんな大した秘密じゃないよ」

扉をそっと、少しだけ開いて中を覗く。

すると驚いたことに、彼女の姿が、まるでレンダリング処理が追いついていない3DCGのようにグリッチして見えるではないか。

「うわっ!ぐ、グリッチしてる・・・!」

思わず叫ぶと、夫が飛んでくる。少し嬉しそうだ。そうだ、この人はなぜかグリッチも好きなんだった。

私と夫が覗いていることに気づいた彼女は、悲しそうにコチラを振り返り、夫に向かって言った。

「あのとき障害対応していただいたアプリです」

夫がめずらしく心底驚いた顔つきで、あんぐりと口を開けた。

 

曰く、彼女はかつて夫が障害対応して正常動作を取り戻したアプリで、その恩返しのためにこの家にやってきたということだった。

寝室にこもっている間彼女は、私たちのためにリソースをフルに使って、高速で情報を集めてまとめていたため、自分をレンダリングする能力を失っていたのだ。

ボロボロな姿で彼女は言った。

「正体がバレてしまったからには、もうココにはいられません」

「まって、せめて写真だけでも!その姿を!」

夫がこれまためずらしく必死に懇願するが、もはや彼女にはその声は届いていないようだった。

 

「アプリだけに、知らんぷり。ふふっ」

彼女は最後にあまり上手くないダジャレを言い残すと、目の前から消えたのだった。

 

寂しそうな夫の腹をポンとたたき、声をかける。

「宇宙ではスペースデブリが問題ですが、我が家ではハイペースデブりが深刻です」

ダジャレなら、私とて彼女に負けまい。

 

「キミはホントわけわかんないね」

夫がくしゃっと笑った。

 

めでたしめでたし。