もし昔話のおじいさんおばあさんが私たち夫婦だったら2

〜鶴の恩返し編〜

ある冬の夜、突然我が家のインターフォンが鳴った。インターフォンの受話器を取ると、映し出された画面の向こう側には若い女の子が立っていた。

パーマのかかったふんわりセミロングに、大きな瞳、そして特徴的な泣きぼくろ。それはまるで二次元アイドルがそのまま現実に飛び出てきたような姿だった。

「北区に帰宅、できなくなりました」

女の子が発した思わぬ第一声に、え、ダジャレ?と私が面食らっていると、彼女はさらにこちらを驚かせる言葉を繋いだ。

「泊めてください」

道に迷ったのか交通手段をなくしたのかわからないが、マンションの一室をインターフォンで呼び出して「泊めてください」とは・・・なんとも意味不明な大胆さである。

私はすぐさま夫に相談した。

「なんか知らない女の子が泊めて欲しいって言ってるんだけど」

「いやダメに決まってるでしょ。そんな怪しいの」

夫が即答する。そりゃそうだよねと少し笑った後、私がインターフォンに向かって断りの言葉を発しようとしたその瞬間、そばに寄って来た夫がすかさず受話器を奪い取り、画面を真っ直ぐ見て言った。

「あ、はい、いいですよ」

夫が玄関の解錠ボタンを押す。

「え、ええええええぇぇ????」

状況を飲み込めない私が奇声に近い驚きの声をあげると、夫は平然と言う。

「顔見てみたら、問題ありそうな感じじゃなかったから。帰れないならかわいそうじゃん」

なるほど、容姿を見て心変わりしたらしい。そうだ、そういえばこの人はこんな感じの二次元アイドルが好きだった。

 

実際、彼女はときどきダジャレを言うくらいで、それ以外は全くこちらに気を遣わせないいい娘だった。しかしなぜか、翌朝になっても帰ろうとしなかった。

「北区に帰宅、しないの?」と尋ねると

「北区に行きたく、なくなりました」とさらにダジャレを重ねてくるものだから、こちらもそれ以上何も問うことができなかった。

 

再び夜が来て、私と夫が夕飯の献立に悩んでいると、彼女がおもむろに立ち上がった。

「決してこの扉を開けないでください」

彼女はそういうと、寝室に入って扉を閉める。

え、そこに入れないと私たち寝られないんですけど・・・と戸惑っていると、ものの2秒ほどで彼女は部屋から出てきた。その手には、分厚い資料を持っていた。

「これを使ってください」

と彼女から手渡されていた資料を見ると、そこには、近所のスーパーの特売品と冷蔵庫の残り物を合わせて作れるレシピの数々、さらには残った野菜の保存方法まで、今の私たちに必要な情報がきめ細やかにわかりやすくまとめられていた。

「たった2秒でこれだけの情報を!?」

驚く夫と私を、彼女はただニコニコと嬉しそうに笑って見ているのだった。

それからというもの、私たちが困った様子を見せる度に、彼女は数秒寝室にこもり、課題を解決するための情報をまとめて提供してくれるようになった。それはいつも非常に有益で、私たちの生活はどんどんと便利になっていった。

 

「ねぇ、寝室にこもって何をしているのか気にならない?」

数日後、好奇心を抑えられなくなった私は夫にそう尋ねた。

「本人が見ないでくれっていってるんだから、ダメだよ」

夫はこういうところは律儀で真面目だ。見習わねばなるまい。

 

しかしそんな夫の制止も虚しく、次に彼女が寝室にこもった時、私はついに持ち前のオバサン力で禁忌をやぶってしまった。

「ちょっとだけ・・・。どうせ数秒で終わるんだし、そんな大した秘密じゃないよ」

扉をそっと、少しだけ開いて中を覗く。

すると驚いたことに、彼女の姿が、まるでレンダリング処理が追いついていない3DCGのようにグリッチして見えるではないか。

「うわっ!ぐ、グリッチしてる・・・!」

思わず叫ぶと、夫が飛んでくる。少し嬉しそうだ。そうだ、この人はなぜかグリッチも好きなんだった。

私と夫が覗いていることに気づいた彼女は、悲しそうにコチラを振り返り、夫に向かって言った。

「あのとき障害対応していただいたアプリです」

夫がめずらしく心底驚いた顔つきで、あんぐりと口を開けた。

 

曰く、彼女はかつて夫が障害対応して正常動作を取り戻したアプリで、その恩返しのためにこの家にやってきたということだった。

寝室にこもっている間彼女は、私たちのためにリソースをフルに使って、高速で情報を集めてまとめていたため、自分をレンダリングする能力を失っていたのだ。

ボロボロな姿で彼女は言った。

「正体がバレてしまったからには、もうココにはいられません」

「まって、せめて写真だけでも!その姿を!」

夫がこれまためずらしく必死に懇願するが、もはや彼女にはその声は届いていないようだった。

 

「アプリだけに、知らんぷり。ふふっ」

彼女は最後にあまり上手くないダジャレを言い残すと、目の前から消えたのだった。

 

寂しそうな夫の腹をポンとたたき、声をかける。

「宇宙ではスペースデブリが問題ですが、我が家ではハイペースデブりが深刻です」

ダジャレなら、私とて彼女に負けまい。

 

「キミはホントわけわかんないね」

夫がくしゃっと笑った。

 

めでたしめでたし。