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私が神になる瞬間

皆さんは大腸菌のコロニーをピックしたことがあるだろうか。

私は縁あって、去年の後半ころから、仕事でちょいちょいピックするようになった。

とにかく雑に説明すると、↓の絵の、たくさんの点々の中から任意でいくつかの点を選び、爪楊枝でつつくのだ。

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(「大腸菌」という言葉にあまりよいイメージを持たない方もいると思うので、以降は便宜的にcoliちゃんと呼ぶことにする)

丸い培地の中に存在する点々のひとつひとつがcoliちゃんの塊なのだが、なぜそいつを爪楊枝でつつくかというと、多くの場合、そのcoliちゃんが持っている「ちいさなメダル」が欲しいからである。

 

この無数のcoliちゃんからいくつかを選択するという作業をするとき、私は、この丸い「培地」という世界において神のような存在となっているのだな、と感じる。

私に選ばれた者と、選ばれなかった者、どっちのcoliちゃんのほうが幸せなのだろうか、と考える。

 

選ばれた者は、細胞をこじあけられて中からちいさなメダルを取り出される。

選ばれなかった者は、そのまま培地の上で放っておかれ、いつか火葬(仮)される。

 

長生きできるのは後者かもしれない。不自然な圧力に晒されることもなく、ゆったりマイペースに天寿を全うできるのかもしれない。

一方前者は、苦難の道を歩むことになるが、自分の中にあるちいさなメダルという価値を提供することはできる。

 

ゆったり自分のペースで天寿を全うする人生か、価値を生み出すために身を削る人生か・・・

今の社会では後者こそ幸せという論が多いような気もするが、みんながみんなそうというわけでもないだろう。

 

とにもかくにも、私のcoliちゃん選抜は、彼らの人生、もとい菌生を大きく左右する選択というわけだ。

さあ、どうしよう。悩む。

彼らは自己主張をしない。どっちがいいと、言ってくれない。私が一方的に決定権を持っているのだ。そんな重大な決断を、私が、この爪楊枝一本でしてしまっていいのだろうか・・・

 

そんなときふっと冷静で冷血な自分が降りてくるのだ。

「脳のない生物に、幸せもクソもないのでは?」

 

新しい年も、私は爪楊枝で神になる。

 

 

今年も宜しくお願いします。