思い出話

彼を初めて“見かけた”ときの光景は、今でも鮮明に覚えている。

大学の教室だった。

同じゼミに所属していた彼は、けれども一時的に違うキャンパスにいて、ゼミに所属して半年経ったそのときまで会ったことがなかった。

彼にとってはひさしぶりに戻ってきたキャンパスのその教室で、私は初めて彼を“見かけた”。

単純に、かっこいい人だな、と思った。

恋に恋していた当時の私はあらぬ妄想を掻き立てられながら、私のようなイモ女じゃ到底釣り合わないな、とその影を拭い去った。

 

それから1年は経ったころだったと思う。

ゼミの飲み会に向かう道すがら、偶然彼と2人きりになったときがあった。

私は緊張した。私にとって、初めて彼とちゃんと話すチャンスだった。思いも寄らぬ楽しい時間になるかもしれないと、どこかで期待した。

しかし、思いのほか社交性を持ち合わせていなかった彼と、緊張で人見知りが加速した私の間には、1,2往復で途切れる噛み合わない会話が数回、繰り広げられただけだった。

“相性”ってこういうことかと、思い知った瞬間だった。

 

この2つのときは、なぜか今でもときどき、鮮明に思い出すことがある。

そうして思い出のなかの彼を遠くから眺めながら、しみじみ思うのだ。

あぁ、私は、あのひとと、結婚したんだなあ、と。

 

すっかりおじさんになって、かつての姿は見る影もなくデブんと膨らんだ彼のおなかは、それはそれはとても、やわらかくて気持ちがいい。