もし童話の主人公が夫だったら

〜金の斧、銀の斧編〜

ある時、夫は森で木を切っていた。

しかし数時間後、疲れてきた夫は手を滑らせて斧を泉に落としてしまった。

「あっ」

夫は泉を見つめ、しばし考えた。

「人間が作業をしている以上、斧を落とすリスクへの対応策が勘案されていて当然だな」

そして身を翻した。

「会社に報告して、対応策が用意されていないようであればその必要性を進言しよう」

 

するとその時、泉にブクブクと泡が発生しはじめた。

最初は水が湧き出てきているのだと思って気に留めなかった夫だが、そのブクブクが瞬く間に大きくなってきたので無視できなくなった。

「え、なになになになに!? ちょ、ま、やめて、やめて、まじで、ま、や、ちょ!!!」

夫は、斧を落とした瞬間と比較すると、2万倍ほど取り乱した。

夫はこういうのが苦手だ。おばけとか、そういうの。

泉から人間の女性っぽい造形が現れて、夫は腰を抜かした。

泉の精だった。

泉の精は手に金の斧を持っていた。

「あなたが落としたのはこの金の斧ですか?」

 

「いや、違いますけど」

混乱しすぎて逆に冷静になってしまった夫は、普通に答えた。

 

「では、こちらの銀の斧ですか?」

泉の精は新たに銀の斧を手にしてさらに尋ねてくる。

その光景を見た瞬間、夫の知性が火を吹いた。

「なるほど」

夫は言った。

「つまりこれは、私の智慧を試す、宗教的な問いかけですね?」

泉の精はキョトンとした。

 

「山川草木悉有仏性。多くの木々を切ってきた斧にもまた仏性が宿っているというのは納得のいく話です」

泉の精はポカンとした。

 

「あなたが言っているのは、私の斧に内在する仏性が、金色に輝いて見えるか、銀色に輝いて見えるか、という問いだと思うのですが」

「え、ちょ、いや、そうじゃなくて」

泉の精は焦った。

 

「その金と銀という違いがなんのメタファーか、というところがまだよくわからなくて」

泉の精はもうついていけなかった。

「あ、もういいので、これ両方持っていって」

色々面倒くさくなった泉の精は、金の斧も銀の斧も夫に渡そうとしたが、もはや夫の耳に入っていなかった。

「もっと本を読んで勉強しないと。次に読む本は何がいいんだろう・・・」

ぶつぶつ言いながら夫は去っていった。

 

数日後、夫が金の斧と銀の斧を差し出されたという噂を聞いた他の木こりが、同じように泉に行ってわざと斧を落としたという話があるらしいが、夫には興味がなかった。

 

めでたしめでたし。