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特技は寝ることです。

「特技は寝ることです」

と言われたら、多くの人はただ、ふーん。と反応するだろう。

この話をそれ以上掘り下げる気にもならないし、おどろきも面白さも別段ない。受け手にとって興味を引く要素のない発言だからだ。

 

おそらく「特技は寝ることです」と発言する発言者の胸の内は、2パターンに当てはまる場合が多いのではないだろうか。

(特技なんて何も思いつかないけど・・・ないって言うのも感じ悪いしな)という『消極的特技は寝ることです』

または

(特技なんて言ったら自慢してるっぽく聞こえるよな。無難なこと言っとくか)という『謙譲型特技は寝ることです』

 

これらの場合、発言者側も受け手の興味をひくことを目的にしていない。むしろなるべく興味をもたれずスルーしてもらいたいという意志がある。だから、ふーん。で問題ない。

 

しかし、私は違う。今ココで、消極でも謙譲でもなく、積極的にドヤり気味で「特技は寝ることです」と宣言したい。これは、掘り下げに耐えうる正真正銘の特技である。

(とはいえ誰も掘り下げたくないと思うので、自分で勝手に掘り進むが)

具体的にどういう点で「特技」なのかと言うと、まず何より寝付きの速さが驚異的だ。睡眠界に、速さを競う“スピード睡眠”と、質を競う“フィギュア睡眠”の2種目があるとしたら、私は間違いなく前者で世界レベルの闘いを繰り広げるだろう。

私が寝付くまでにかかる時間は秒の世界だ。その速さは、本人でさえいつ寝たのか気づかないほど。友人に「それは気絶ではないのか」とまで言わしめた。もはや寝る意志よりも先に眠っているのだ。

この能力を応用して、酔っ払って何やらわけのわからないことを延々と話しかけてくる夫に「試しに8数えてみ?その間に私眠れるから!すごくない?見たくない!?見たいよね!?」とけしかけ、夫が素直に1から8まで数えている間に本当に眠ってみせたことがある。夫はイリュージョンを見られ、私は酔っ払いの絡みから開放され、夫婦円満にさえ役立っているのである。

スピード睡眠においては、育ち盛りの野比のび太氏とガチでタイマン張れると自負している。

 

スピード以外にも、どんな状況でも寝られるという強みもある。明るさや騒音はほとんど問題にならない。電車やバス、飛行機などの乗り物はもちろん、オフィスでメールを書いている途中や、ダイニングでうずらの卵の殻をむいている途中でも寝られるのだ。

これによって、「よろしくおねがいします」を「与路牛久お願いします」と表記するなど、気弱な暴走族っぽさを醸し出した業務メールの送付実績も豊富である。

 

しかしこのご時世、「特技が寝ること」だなど本気で語ることはなかなか許されない。そんなことを自慢げに語れば、怠け者の烙印を押されてしまう。悲しいかな私の特技は、社会の多くの場面で欠点でもあるのだ。

だから私はよく、「寝ること」が仕事になる世界を妄想する。

 

例えば、RPGのHP・MPのように、一人ひとりに体力と精神力のゲージがあって、睡眠によってそれが回復するとしたら。そして、他者による【睡眠代行】によって自分のゲージを回復することも可能になったとしたら・・・

その世界で私は、睡眠代行を生業とする。締め切り前の漫画家や納期直前のシステムエンジニア、働く時間が足りないと嘆く意識の高い人々などの代わりに寝る。寝て、寝て、みんなのゲージを回復させる。なんて幸せな日々だろう。特技を活かした仕事である。

そのうち私は、自分のゲージを回復させる睡眠を摂る時間がなくなる。一人の睡眠で回復できるのは一人のゲージ。つまり誰かのために寝ている時は、自分は回復しない。

それでも、どうせ寝るならお金ももらえたほうがよいので、睡眠代行の仕事に充ててしまう。誰とも会わず、ひたすら寝る日々。体力はなかなか減らずとも、気力がどんどん減っていく。だが寝ることに没頭しているため、それにさえ気づかない。

 

そうしていつしか私は、寝すぎによる過労で、永遠の眠りにつく。