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作文の書き方の話

こんなこと私が今更エラそうにツラツラと書き連ねることじゃないだろうけど、今日唐突にふと思い出したエピソードがあったので小中学生のときに悩みがちな「作文の書き方」について書いてみたいと思う。

 

「作文」の宿題に悩まされている小中学生のみなさん

お題が決まってればムリにでも原稿用紙のマスの埋めようがあるものの、「自由題」とか言われちゃうと何書けばいいのか一生思いつく気がしないし、もうほぼ拷問に近いレベルでしょう。

そんな事態に陥っているみなさんに私が申し上げたいのは『Don't think. Feel!!!』ということであります。とてもベタだけど。

 

あれは中2の冬休みだった。私が通ってた中学校では毎年冬休みに「自由題」の作文の宿題がでた。中1のときはどうやって乗り切ったか忘れたけど、中2のときは題材を絞り出す時点で相当苦しんでいた。まぁ、そもそも着手が冬休み終わる前日くらいだったという問題もあるのだが、それほど後回しにしたいくらい、とにかく何も思いつかなかった。

私は小中学生の頃はどちらかというと優等生で通っていて、作文なんて超絶やりたくないという思いと裏腹に、書くからにはそれなりに評価されるものを書かなきゃ、という変なプライドがあった。この冬休みの作文はクラスで選ばれた1人だけが学校全体の文集に掲載される、というアレもあって、要らん承認欲求を心の底から完全に消し去ることが出来ずにいた。

 

中2の私は考える。如何に優等生的に、如何に美しい考えを、如何に飾り抜いたかっちょいい言葉で綴ろうか、と。

たしかその年はオリンピックが開催された年だったかなんだったか、オリンピックの感動を世界平和への想いと絡めて書こう、というようなことを思いついた。

さて、テーマが決まった。筆を執る。だがしかし、400字詰め原稿用紙の半分も書ききらないうちに、筆は止まった。話がうまくつながらない。テーマを決めたはずなのに、何を書いたらいいのか全く言葉が湧いてこない。

そんなこんなでジリジリして時間だけが過ぎていった。冬休みの終焉が刻一刻と近づく中で、「残り少ない休みを満喫したい気持ち」と「そこそこのデキの作文を書きたいという気持ち」を乗せた私の心の天秤が大きく前者に傾いた。もーいーや。宿題が提出できればなんでもいいじゃねーか。一刻も早くこの苦しみから開放されることが、今私が何より優先すべきことである!!!!と。

 

世界平和とかスケールのデカイことを考えるのを完全に放棄して、冬休みに必死にやっていた縄跳びの練習について書くことにした。

実はその年の冬休み明けには体育で縄跳びのテストが予定されていて、一定の課題をクリアできるまで追試、という仕打ちが待っていた。運動神経皆無な私は、恥ずかしながら中2にもなって二重跳びができず、追試の無限ループが約束されたその状況から抜け出すため、冬休み中必死に二重跳びの練習をしたのだった。

こんな恥ずかしい話、本当なら絶対書きたくなかったけど、もう完全にどうでもよかった。どうせ国語の教師以外だれも読まないんだから。とにかく一刻も早く宿題を終わらせたい一心だった。

 

書きたくないな、と思いつつ筆を執って縄跳びについて書き始めると、スラスラと筆が進んだ。びっくりするほど軽快に原稿用紙が文字で埋まっていった。冷静に考えればそりゃそうだった。つい最近まで起こっていた事実や、そのとき感じてたことを飾ること無くそのまま書き連ねればよかっただけだったから。

 

そうして「捨て駒」として提出された作文は、クラスの代表として文集に載ったのだった。小中高あわせて、後にも先にもクラスの代表として文集に載ったのはこの時だけだったかもしれない。

国語教師は言った。「臨場感あふれる文章で、そのときの光景や感動が目に見えるようだった。すばらしい」と。

 

その時は、「載ってほしくない作文に限って、なんでだよー!!!」とマーフィーの法則くらいにしか感じていなかったけど、今考えるとよくわかる。

事実とそれに則した自分の感情を嘘偽りなく綴ったのだから、そりゃ臨場感あふれてただろう。感動も伝わりやすかっただろう。

逆に、「世界平和」云々を書こうとして言葉が見つからなくなったのも当たり前だった。それは中2の私が普段から感じていることではなく、作文のためにその場で無理矢理に考え出した"創作感情"だったから。

 

というわけで、作文で悩んでいる小中学生がいたら、「実際に自分の心が動いたことを、ありのまま書きなさい」とアドバイスしたい。それはどんな些細なことでもいいと思う。中学生くらいになってくると、変な"おかず"をつけて話を美しくしたくなるけど、そんなことしなくていい。教訓じみた深イイ話が入っている必要はない。そんなことより自分のありのままの心情をより詳細に表現すればよい。

もし筆が進まなくなったら、そのテーマは違うと判断してもよいと思う。

自分にとって無理のない言葉でスラスラ書ける、それがよい作文を書けている証拠だと思う。国語の授業で教わる「文章を上手く見せるスキル」を駆使できなかったとしても、自分の心が動いたこと率直に伝えることができれば、人の心も動かせる(可能性が高い)と思う。

 

そんなわけで、もう2000年くらい前から語り尽くされてることかもしれないけど、なんとなくエピソードを共有したかったので、書きたいという思いのまま書き連ねてみました。

お付き合いありがとうございました。