R-1ぐらんぷりに出場してみた
あれは昨年の10月末だったか。
とある飲み会で、一人の可愛い女の子が唐突に、そして平然と言い放った。
「私、R-1ぐらんぷり出ますけど、え?みんな出ないんですか?」
それはまるで「え?夕飯食べないんですか?」というレベルのことを話しているような口ぶりであり、そんな当たり前のことを尋ねられては「え、食べますよ」と返答したくなるのが人間の性というものである。
そんな自然の摂理に逆らうことを知らない素直な私は素直に答えた。
「え、出ますよ。」と。
するとどうだろう。
その場で「じゃあネタ作りますよ」と言い出す猛者が現れ、数週間後には「ネタ作りましたよ」とファイルが送られてきて、「いつネタ合わせしますか」というスケジューリングが提示されて、あれよあれよという間に後に引けなくなったじゃあありませんか。
言葉の重みってやつを改めて実感する三十路の秋であった。
他人を巻き込んでしまったからにはやり遂げなければ、ということでまずは取り急ぎエントリー作業に着手。
ところがここで、エントリー時に写真の添付が必要であることを見落とす、というお約束のヘマをやらかし、エントリーシートを再提出してなんとかエントリー完了。
ネタについては、冒頭で語った飲み会時に「私、どんな格好でもするし、なんでもやりますよ」と軽率発言した結果、身体中にお経を書く耳なし芳一設定のネタをいただいた。
なんとも素晴らしい設定である。自分では思いつかない。
書いてもらったネタを色々と相談しながらこねくり回して、私のやりたいことなども取り入れながら整形した。
ネタの都合上衣装も出来合いのものでは要件を満たせないので、お裁縫を得意とする知人に衣装製作まで依頼して、気がつくと自ら引き返す道が見えなくなるところに突き進んでいた。
ネタの打ち合わせをしたりしながら過ごしているうちに年が明け、2014年の到来と共に1回戦本番の日が近づいてきて、公式サイトで出場者一覧が発表された。
するとどうだろう。
名前を知っている芸人さんが多々いる。
名前を知らない人でも大半が事務所所属である。(予想よりアマチュアが少ない)
早い日程で実施された一回戦の審査結果を見てみたら有名どころでも敗退している。
ノミの心臓の私にとって、ビビる要素しかないじゃあありませんか。
さらに言えば、書類不備(写真添付忘れ)で無効となったと思っていた最初のエントリーシートが受理されており、同日の同時間帯に私が2人エントリーされている。異なる芸名で、私が2人いる。
なんてこった、の嵐である。
ここで繰り出すのが、ダメ道秘技「思考停止」である。
とりあえず、前日くらいまではR-1周りの諸々について深く考えないようにした。
重複エントリーの件も、当日会場で事情を申し出てくれということだったので、それまでは放置。
平然と通常運転を続けた。
しかし無情にも「前日」は私のもとに爆速でやってきた。
前日は誘ってくれた可愛い女の子の一回戦があったので、応援に行った。
彼女は全く動じておらず、堂々としていた。メンタルの強さ、醸し出す"ならでは"の世界観、すごかった。さすが「夕飯を食べる」レベルの感覚で「R-1に出る」と言い放つ逸材である。
私もがんばらなきゃ・・・と思いつつ、他の出場者でスベリ倒している人もいたりして少しホッとした面もあった。
ホッとしたはずだったのだが、家に帰って翌日の本番に必要なものを揃えていたりしたら、もうドキドキが止まらない。
ドキドキプリキュアのしわざかと思うほどに胸のドキドキが止まらない。
このタイミングで、エントリーしたことを深く後悔しはじめる。
頭とお腹が痛くなって、布団に入っても原因不明の寒気で震えが止まらない。
プロから見れば「ひやかし参加」に他ならない出場経緯だったが、やっぱりどこかで「せっかく出るならいい結果を出したい」という想いがずっとあったのだと思う。
世界中の誰も何も期待していないのに、異常なまでの自己プレッシャーを感じていた。
そして当日。
朝、身体中(顔以外)にお経を書いて準備。何度か練習していざ出発。
会場についたら、まず重複エントリーされている事情を説明した。
出場順は当日までわからないので、2つのエントリーのうち順番がイイ方を選ばせてもらおうと思っていたのだが、名義①はその日のトップバッター、名義②はテレビでよく見る有名な芸人さんの直後、というまさかの八方塞がり。
そういえば2014年、本厄だったわ。てへ。
ということで、トップバッターはさすがにお客さんも全然いなくて厳しいので名義②で芸人さんの直後に出ることを選択した。
狭い控え場所で、着替えて、顔にお経を書いて、あとはひたすら「南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏」とブツクサ台詞を繰り返した。
出演順に並んで舞台裏にスタンバってるときも、ずーっと南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏言ってたけど、私の直前の芸人さんも同じようにずーーっとブツブツ練習していた。
ド素人の私と、テレビに出てる彼。
同じ立ち位置にいるという状況に、なんだか不思議な気分になった。とても貴重で感慨深い経験だった。
そして自分の出番。
もうね、とにかく緊張した。それだけ。なんかわけわからんうちにあっという間に終わっちゃった。
最低限、台詞やネタをとちらず飛ばさず出来たことが御の字だった。
少しだけだけど、笑いをとることもできて、少しだけ気持ちよかった。
結果は当然ながら1回戦敗退だった。
それでいい、それが当たり前だと思って挑んだはずだったのに、なんだか思った以上に悔しかった。
誰でも出られるR-1。当初は友人への話のネタになれば、というくらいの想いだったが、プロと同じ舞台に立てるというこの貴重な機会から得られる経験値は、間違いなくはぐれメタル級だった。
誘ってくれた友人、ネタを書いてくれた友人、衣装を作ってくれた友人、協力してくれた家族に深く感謝したい。みんなみんな、ありがとうございました。
次はもっとがんばりたい。