これまでの職の話をしよう ーテレアポのアルバイトー
何度目のアルバイトか忘れたが、テレアポのアルバイトをしたことがある。
夏休みだけの短期バイトをやりたくて、派遣会社みたいなところに登録して紹介してもらったアルバイトだった。
派遣先はテレビ番組の制作会社で、テレビ番組内の素人参加型企画に参加する素人さんを電話で探す、という仕事内容だった。
ちなみに、どうでもいいことだが、当時私は若気の至りで金髪だった。
それまでと変わらず気性は地味な黄土色だったが、髪の毛だけが金髪だった。
派遣会社に提出していた履歴書には、スプレーで一時的に髪を黒くした写真を貼付していたから、仕事初日に金髪のまま出社したときには会社の人々は面食らっただろうと思う。が、ありがたいことに拒絶することなく受け入れてくれた。
スプレーで黒くするのは非常に大変だったので仕事は金髪のまま行ったのだが、ある意味勇気ある行動だった。とはいえ、全く不必要な勇気だった。
さて、出社して最初にもらった仕事は、「空中ブランコにチャレンジするお父さん」を探すというものだった。
なんでも、夏休み中にお父さんが何かにチャレンジして子供にいいとこ見せる、という期間限定シリーズ企画だったらしい。
しかしここでいきなり、ちょっと待て、と思う。
もちろん私はテレビ番組制作に関してはズブの素人だったが、この日本国に「子供にいいとこ見せる手段として唐突に空中ブランコに着手するお父さん」がそうごろごろと存在し得ないことは感じ取っていた。
大体、夏休みと言っても大抵のお父さんはそんなに休んでないわけで、空中ブランコって仕事の片手間にできることなのだろうか。甚だ疑問だった。
まあ何を言っても仕事だからやらなければならない。
当然のごとく、このテレアポは非常に難航した。
世の中にはテレビ番組の素人参加企画に出演したい人々が登録する名簿があるらしく、テレアポはそこに登録している人々に対してアプローチする形だった。
つまり、完全な飛び込み営業に比べればかなり楽な状況だったに違いない。
が、何しろ依頼内容が空中ブランコ。空中ブランコだったのである。
数時間電話し続けてもアポが取れない中、隣に座っていて仕事を指導してくれていた社員の女性に、「もっとラフに話さないとダメだ。私が手本を見せるからこんな風にやってみろ」というお叱りを受けた。
私の話し方は堅すぎる、というのである。
例を示すと以下の様な感じだ。(アポは昼間なので、主婦と話す形になる。)
私「突然のお電話失礼致します。テレビ番組を制作している○○会社の○○と申します。今度○○番組の企画で、お父さんが空中ブランコにチャレンジする、という企画があるのですが、ご主人のご参加をぜひご検討いただけませんでしょうか?」
社員さん「どーもー。○○会社の○○ですー。いつもお世話になってますー。こんどー、○○番組でお父さんが空中ブランコにチャレンジする企画があるんですけど、どうですかねー。お父さんがお子さんにかっこいいところ見せるチャンスですよ!お子さん、お父さんのこと見直しちゃいますよー。ご主人運動とか得意ですか?得意ならぜひやりましょうよ!」
こうして改めて客観的に眺めると、社員さんの言うことは至極尤もで、
「空中ブランコ、ご検討いただけませんか?」と言われたところで、検討の余地がある人間は皆無だ。
その場で「やっちゃおうかなー」と思わせるノリと勢いが必要であり、そのためには一瞬で相手と仲良くならなければならないのだ。
しかし、初対面の人と仲良くなるのも時間がかかるのに、まだ対面もしていない電話口の人に馴れ馴れしい口をきくなど、私にはスワヒリ語をしゃべるくらい難しいことだった。
金髪で過剰な尊敬語を話す大学生に社員さんもひいただろう。
でも仕方ない。見た目は金髪、中身は黄土。人間の気質は数時間で変えられない。
精一杯頑張って、多少語尾を伸ばすくらいの修正をかけつつアポを続けたが、「やりましょう!」という奇特な人が現れることはなかった。
8時間くらいだったか電話をかけ続けてなんの収穫もないまま1日目が終わった。
本当に辛かった。成果がでないことだけでなく、見知らぬ人に一日中電話をかけ続けることも、馴れ馴れしく話す必要があることも、全部辛かった。
多分、ベスト私に合わない賞にノミネートされるくらいの仕事内容だった。
今でもテレアポを受けることがあると、断りながらも、すごいなぁと思う。本当に大変な仕事だ。
というわけで、1日目にして辞めることを決め、帰り道で派遣元の会社に電話した。
この行動の速さ、バイト辞めるために便利屋使おうとしていた頃に比べたらものすごい進歩だ。
ただし、歩を進めすぎて、しかるべきところを通り越して反対側のダメの極地にたどり着いてしまった。
1日で辞めるなんて、迷惑極まりない。
派遣会社に平謝りし、もう1日行ったら辞めていい、ということになった。
2日目、空中ブランコは私の手に負えないと判断されたのか、新しいお題が与えられた。
「網戸の掃除術を紹介」というコーナーで網戸を貸してくれる家を探すというものだった。網戸を掃除してもらえて、謝礼ももらえる。すぐに何件も見つかった。
正直、そういうの一発目にくれよーと思った。
あれから7,8年、この反省を活かして、続けられる仕事を慎重に選びたいと思う。